みやぎ復興ツーリズムガイド

千年希望の丘(特集ページ)

希望の丘タイトル

震災を経験した私たちが、”今できること“を形にして残したい
愛と希望の象徴として、復興のシンボルとして伝えたい
私たちの想い、祈り、様々な教訓をつなぎたい
そんな思いを込めた「千年希望の丘」

そして、千年先の子どもたちが笑顔で幸せに暮らせることを願って

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復興の象徴「千年希望の丘」にかける想い

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 2011年3月11日の大津波では、岩沼海浜緑地内にあった高さ約10mの丘に3名の方が避難し、助かりました。そのときの津波の高さは約8mに達しましたが、丘の頂部は津波の浸水からまぬがれ、まさしく“いのちを守る丘”となりました。
 「千年希望の丘」を津波の力の減衰や避難場所として活用しながら、千年先まで人々のいのちを守ります。

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 「千年希望の丘」は、千年先まで今回の大津波の出来事を後世に伝承し、想いを伝えていけるよう、“大震災を伝える丘”として、震災廃棄物を再生利用しています。
 「鎮魂・追悼・記録・伝承」の場、そして防災教育の場として整備し、後世に伝えていきます。

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 自然を脅威に感じるだけでなく、自然と共生していくことが大切であると考えます。「千年希望の丘」をつなぐ部分は、「緑の堤防」として沿岸部を結び、その斜面には様々な樹木を植栽し、“自然と共生する丘”とします。
 樹木が茂る丘からは太平洋を見渡せ、眼下に広がる湿地や草原には生物が集う場として、自然との共生を図っていきます。

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 「丘」と「緑の堤防」を連結させ、減災や避難場所・防災教育の場などの役割と、海を眺めながら散策が楽しめる場として、沿岸部のネットワークをつくります。多くの方々のご支援とご協力により、希望ある未来への復興のシンボルとして整備を進めていきます。
 「千年希望の丘」は、“みんなでつくる丘”です。

 平成25年6月9日(日)、第1号の「千年希望の丘」の植樹祭が開催されました。約4,500人のボランティアが参加し、植物生態学者の宮脇昭先生の指導のもと、約30,000本を植樹しました。
 岩沼市では、沿岸部に計15基の丘の建設を予定しており、今後もこのような植樹祭を行います。

「千年希望の丘」関連資料

イメージ図 リーフレット 植樹祭の様子 岩沼市HP:津波よけ「千年希望の丘」について

「千年希望の丘」に込められたストーリー

「千年希望の丘」への思い、願いは、色々なところに込められています。
震災の記録:あの時存在していた集落

あの時存在していた集落 このモニュメントに埋め込まれているガラスボールは、2011年3月11日に発生した地震と大津波により甚大な被害を受けた岩沼市沿岸の6集落の位置を表しています。6集落は、伊達政宗の時代に掘削された貞山堀周辺に位置し、江戸時代に製塩場として塩がつくられたことが地名の由来となるなど、長い歴史を持つ農村集落です。
 稲作だけではなくメロンなどのハウス栽培を手掛ける農家も多く、震災前は、美しい景観や豊かな自然のほか、人々の営みの中で培われてきた伝統や文化が受け継がれていた集落でした。

相野釜地区
震災前後の相野釜地区
相野釜地区(震災前後)

116世帯、513人の方が住んでいました。(写真:国土地理院提供)

藤曽根地区
震災前後の藤曽根地区
藤曽根地区(震災前後)

19世帯、80人の方が住んでいました。(写真:国土地理院提供)

二野倉地区
震災前後の二野倉地区
二野倉地区(震災前後)

91世帯、359人の方が住んでいました。(写真:国土地理院提供)

長谷釜地区
震災前後の長谷釜地区
長谷釜地区(震災前後)

74世帯、274人の方が住んでいました。(写真:国土地理院提供)

蒲崎地区
震災前後の蒲崎地区
蒲崎地区(震災前後)

128世帯、490人の方が住んでいました。(写真:国土地理院提供)

新浜地区
震災前後の新浜地区
新浜地区(震災前後)

43世帯、167人の方が住んでいました。(写真:国土地理院提供)

震災を忘れない:あの時を指し示す日時計

sennen_story_2 震災を忘れない、風化させない、そんな思いがこの日時計に込められています。震災が発生した時間(3/11 PM2:46)、日時計の影はちょうど四角いボックスにかかります。
 この日時計は、来年も、そして千年先も同じ位置に影がうつり、追悼と未来への想いを千年先まで伝えていきます。

震災のかけら:あの時住んでいた家の梁(はり)

sennen_story_3 このモニュメントのある「千年希望の丘」は、その殆どが「被災物(がれき)」と呼ばれるものを再利用して、建造されています。ここで暮らしていた人々が過ごした時間や思い出のかけら、ここは、「人々の想いが、人々を守る丘」なのです。

「千年希望の丘」へのアクセス情報

千年希望の丘(第1号丘)へのアクセス


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千年希望の丘(第1号丘)への交通案内

  • 仙台空港から車で約3分、徒歩約20分
  • 駐車場有(大型バスの駐車も可能)

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