みやぎ復興ツーリズムガイド

”命の避難”を学んで、そして伝えてください

街の声・笑顔~石巻観光ボランティア協会 齋藤会長インタビュー~

石巻に来ていただきありがとうございます。
”命の避難”を学んでいってください。

石巻で「石巻・大震災まなびの案内」として震災当時の状況を伝えている石巻観光ボランティア協会の齋藤会長に、震災当時の状況や発足時の苦労などをインタビューしました。みやぎ観光コンシェルジュとして、また協会会長として、石巻の観光案内をしながら石巻発展のために精力的に活動されています。

一番の問題は情報が入らないこと
 食糧より水よりなにより大事なのは情報。家族や仲間の安否確認を含めて、情報が入らないことが一番大変だったと齋藤会長は語っていました。

震災当時の状況を教えてください。

 南浜町から帰ってきて家に入るところでした。立っていられず、地面に這いつくばっていた状態でした。直感的に非常事態だと感じ急いで避難所に行くように近所の人々に声をかけてまわりました。そうしているうちに、水がひたひたと迫ってきたので『ダメだ』と思って自分も逃げました。
 次の日すこし水が引いてきたので、胸のところまで水に浸かりながらなんとか家にたどり着き、2階で暮らし始めました。浸水によって家の前をゴムボートで行き来する光景をまさか見るとは思いもしませんでした。
 本当に一番大変だったのは情報が入らないことですよね。子ども達や仲間達の安否を確認しようと思っても、携帯電話も使えず、いまの状況も全く分からないのが本当に大変でした。それが分からないでいる時は水の問題より大変に感じました。

これはやっぱり伝えないといけない
 当初は「石巻・大震災まなびの案内」を行うことに対し大変な思いもされたそうです。それでも、やっぱり伝えなければいけない、風化させたくないという強い信念を感じます。

「石巻・大震災まなびの案内」を始めたきっかけを教えてください。

 津波直後から全く連絡が取れなかったボランティア協会の仲間とも一ヶ月が過ぎてようやく連絡がとれるようになって、一度集まりたいねとなりました。そして昨年の5月頃にようやく集まることができました。その時に日和山に全国から人が来て慰霊の場となっていると聞きました。実際に行ってみると、花やお線香とかかなり汚れていて、まずは清掃しようとなったんです。最初は掃除だけだったのですが、暑かったので麦茶を出したりしていると、観光ボランティアのユニフォームを着ていたこともあって、いろいろな方から当時の状況を聞かれるようになってきました。
 ある時、団体の方々をバスで案内してほしいと強く依頼されました。最初はバス=観光のイメージが嫌だったので、ワゴン車でご案内しました。その方は、『テレビで見るのと実際に見るのでは全然違う。やっぱり、被害を受けた現場を見に来なければ分からない。』と話されていました。実際に現地で伝えることが必要なんだと感じました。

「石巻・大震災まなびの案内」が今のような形になったのは。

 被災地ガイドや語り部として震災の被災地の状況を伝える取組は各地で行われていますが、私はどうしても観光をイメージしてしまうので、“震災から学んで欲しい”という考えから、“学びの案内”として震災の様子を伝えることにしたんです。
 最初は、何をどうしたらいいかも分からなくて、自分なりに基本的なシナリオを作ったんです。そして、みんなで話し合いや検討を重ねて現在のガイドの形になりました。バスの運転手さんも石巻の道路について詳しくありませんから、被災状況のお話をしながら道案内もしなければいけません。最初は1台に二人ずつ乗ってどう案内するかを勉強します。そして、やっと一人で被災状況の説明も道案内もできるようになっていくんです。ただ、ボランティアの方も少ない人数で対応していますから、1日5台が限界ですね。それで、毎日なんとか案内している状態です。
 被災当時と比べて跡地に雑草が生えるなど、時間の経過とともに言葉だけで伝えるのが難しい場面もでてきました。そのため、震災直後のパネルを見せながらお話をするようにして、当時はこうだったんですよ、こんなに被害が大きかったんですよとお伝えしています。

ガイドをしていて大変な事などありましたか。

 はじめのうちは、被災地を訪れた人たちの中に配慮が欠けた行動も見かけました。それで最初に“被災地にきたらお酒を飲んでの見学はダメ”とか、“被災地に行ったら手を合わせてください”というのを伝えるようにしました。市民の方にも配慮してなんとかやってきているので、それが守れないようであれば案内はできませんとお伝えしています。
 案内を始めた当初、やはりバスで来られる方の案内もありました。それを見ていた方から『亡くなった人もいるのによく案内できるね』という話も聞こえてきました。私たちも多くの葛藤の中、何度もどうするかという会合を開いて検討しましたが、やっぱりこれは伝えていった方がいいのではないかとなりました。だんだんと被災地の瓦礫も片付いてきて、当時の様子もわからなくなってきていたので、これは伝えなければいけないと考えたのです。
 今はそういった話はなくなり、逆に毎日案内している姿を見ているせいか、『ご苦労さんですね。マスコミや新聞などでもだんだん伝えなくなっているから、みなさんで風化させないように話してくださいね。』と逆に励ましてくださってます。

石巻の産業の復興につなげる為に
石巻の復興に向けてまだ支援が必要です。来てくださった方の食事やお買い物が石巻の産業の復興につながるんですと静かに語っていました。

ガイドを続けていてエピソードなどあればお聞かせください。

 実際に来て見て、案内を聞くと大変さがわかりましたという感謝の言葉をたくさんいただいています。
 それと、『本当はボランティアしたいんだけど年齢や体力的にできないので、石巻の様子を見て、食事やお買い物をすることで支援したい』というお話があったんです。そのようなこともあり、ロマン海遊21から出発して市内を周り、ロマン海遊21に戻ってきてそこで買い物していただけるようなコースに変更したり、お客様からのお話を聞いていろいろ改善してきました。

ジュース一本でも買っていただくことが支援に繋がりますよね。

 そうですね。石巻で食事や買い物をしていただければ、それが石巻の産業の復興につながりますし、まだまだ復興には長い時間がかかりますから、そのような食事なり買い物なりと応援をしていただければと思っています。

石巻のここだけは見ていってほしいとかありますか。

 やっぱり一番大変だった南浜町と門脇小学校のところは、来ていただいて感じて欲しいと思います。

帰ったらみんなに伝えてください
防災においては”命の避難”が一番大事なんだということを、
そして、石巻を見て感じて学んだことをより多くの方に伝えて欲しい。

ガイドで必ずお伝えしていることは。

 まずお話するのは、『全国から多くのボランティアに石巻に来ていただいたことで、このような大きなバスでも通れるようになるまで瓦礫が片付いて感謝しています。』とお礼を言うようにしています。ただ、まだまだ処理されてない瓦礫の山は残っていて、通る時には今はこんな状況でなんとか早く片付けたいということもお伝えしています。
 それと、とにかく風化しないように、帰ったら周りの方にお伝えくださいとお願いしています。石巻に来て見て感じたこと、防災においては”命の避難”が一番大事なんだということを、より多くの方に伝えて欲しいと必ずお願いしています。
 案内の最後に、石巻に来ていただいて、多くの支援をしていただいてありがとうございますという感謝の気持ちを込めて、“ありがとう、頑張っちゃいしのまき“のしおりをお渡ししています。そして、また石巻にお越し下さいとの思いから、最近は手を振っておみおくりさせていただいています。

最後に応援して頂いている全国のみなさんにメッセージをお願いします。

現在、団体のお客様から依頼された時に石巻の被災地を案内していますが、2、3ヶ月先まで予約でいっぱいの状況です。そんな忙しい毎日を送っている齋藤会長のインタビューは、石巻の今を知ってほしい、あの震災を忘れないでほしい、学んで欲しいという思いが溢れていました。

取材日:2012/8/31 場所:石巻市役所、ロマン海遊21

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