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名取市の震災被害&浸水状況

名取市 震災被害&浸水状況

① 発生日時 2011年3月11日(金) 14時46分頃
② 震源 三陸沖 震源の深さ24km M9.0
③ 名取市最大震度6強
④ 人的被害 死者数911人、行方不明42人(死者数は名取市内で発見された方の数。関連死は含まない。) ※平成24年10月1日現在
⑤ 住家被害 13,991棟(全半壊、一部損壊含む) ※平成24年3月5日現在
参考:名取市における東日本大震災の記録

名取市浸水エリアマップ

出典元:国土地理院     

1: 仙台東部道路 名取インターチェンジ

 名取インターチェンジを通って多くの救助隊が入りました。震災翌日の朝には車両の通れる通路ができています。富山県緊急消防援助隊、広島県緊急消防援助隊、陸上自衛隊第35普通科連隊、宮城県警が救助活動を展開しました。
写真:平成23年3月12日(小齋誠進氏提供)

2: 5差路

 沿岸部から約2km。歩道橋の途中まで津波が到達した跡が残っています。歩道橋には50人ほどが避難していたといわれてます。当時も多くの車が走っていましたが、この先の閖上大橋は地震による交通事故で通行止めになっていました。
写真:平成23年3月12日(小齋誠進氏提供)

3: 閖上中心部(ゆりあげちゅうしんぶ)

 閖上中学校屋上から閖上漁港方面です。奥に見える細長い塔は約1km先の閖上港です。翌朝も水が引いておらず、建物が全く残っていません。津波に追われながら閖上中学校にやっとたどりついた方も多くいました。
写真:平成23年3月12日(小齋誠進氏提供)

4: 貞山運河(ていざんうんが)

 欄干が流失した日和橋、奥に見えるはずの市登録文化財「開運橋」は、完全に崩落しました。地震の後にはこの貞山運河の水嵩が大きく低下しました。津波の前兆だったことは明らかですが、これほどの大津波になるとはだれも予想できませんでした。
写真:平成23年3月12日(名取市提供)

5: 日和山

 標高6.3m、海岸からの距離は約700m。丘の頂上から2.1m上まで浸水した痕跡が残っていました。ここには昭和8年の津波について書かれた石碑が残ってましたが、その存在はほとんど知られていませんでした。
写真:平成23年3月12日(小齋誠進氏提供)

6: 閖上中学校(ゆりあげちゅうがっこう)

 地震発生時刻で止まっている閖上中学校の時計。津波の到達まで1時間以上の時間がありましたが、残念ながら900人以上の死者が出てしまいました。閖上地区では小学校と中学校に多くの避難者が集まりました。
写真:平成24年10月16日(名取市提供)

7: 仙台空港

 仙台空港に津波が押し寄せています。震災後は関係職員及び周辺地域からの避難者等1,422 名が仙台空港旅客ターミナルビルに避難しました。地震発生4日後には緊急用の回転翼機の利用が、5 日後には、1,500m の滑走路を確保して緊急物資輸送用の固定翼機の離着陸が可能となり、米軍による支援物資が空港に到着しました。そして、震災から1カ月後の4月13日に国内臨時便が再開しました。
写真:平成23年3月11日(海上保安庁提供)

8: 仙台空港アクセス線

 津波により仙台空港駅1階にある指令室が浸水して運転制御ができなくなりました。そして、仙台空港の地下を通るトンネル部分が完全に水没しました。バスによる代行運転が行われていましたが、7月に仙台駅―美田園駅の運行を再開、津波被害の大きかった美田園駅―仙台空港駅間は10月に運行が再開されました。
写真:平成23年3月20日(名取市提供)

参考:名取市における東日本大震災の記録 被害画像

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