みやぎ復興ツーリズムガイド

語り部として後世に代々伝えていくのが私の責務

街の声・笑顔 ~震災語り部の会ワッタリ 岡崎由紀子さん~

語り部として後世に代々伝えていくのが私の責務

震災語り部の会「ワッタリ」で活躍されている岡崎由紀子さん。語り部として後世に代々伝えていくのが津波を体験した私の責務と語る岡崎さんは、使命感に溢れていました。避難生活を通して感じた被災者同志の頑張りや勇気、課題など、後世に伝えていきたいエピソードがたくさんあります。

この亘理町で起きた事実を伝える

語り部に志願した理由や動機は何ですか。

岡崎由紀子さん 荒浜で仮設店舗「鳥の海ふれあい市場」が再開された際、たくさんの方が「はらこ飯」を食べに来るのを商工観光課の阿部副班長と一緒に見ていた時、『食べに来ていただいた人達に、この被災の状況を伝えなきゃならないよねっ』っていう会話がありました。この一言が語り部に入るきっかけになりました。阿部さんと私はここ亘理町で生まれ育ってきましたが、このような津波が来るとは思っていませんでした。この亘理町で起きた事実を伝えるのならば、実際に被害に遭った人が話をするのが一番いいのではと阿部さんの言葉で考えるようになり、語り部に入りました。今では、語り部として後世に代々伝えていくのが私の生活の一部になっています。

避難した人たちの頑張りも伝えたい

語り部を通して伝えたいエピソードがあれば教えてください。

震災語り部の会ワッタリ定例会風景 震災語り部の会「ワッタリ」のガイド募集時には、多くの方がこの活動に共感して参加してくれましたが、荒浜在住で実際に津波被害に遭われた方は、応募者の中で3名しかいませんでした。当時は、まだ自分の体験を話すとか、町の状況を話そうという気持ちには多分なれなかったと思うんです。私はというと、世代的にも、この恐ろしさを絶対に孫の代まで語り継ごうと思ったんです。
 こんなことがあります。荒浜中学校の3階に避難していた時に、荒浜の保育所の子ども達が一番先に逃げてきたのですが、その保育士さんが、泣き言一つ言わずに子ども達を支えていました。他にも、避難していたところに水が無くて、飲み水とか、トイレの問題をどう対応したのかとか。一時間足らずの語り部のツアーでは詳しく話すことはできないですけど、少しでも避難した人たちの頑張りを伝えられたらと考えています。
 まさか荒浜中学校の1階天井まで津波がくるとは想像もしていなかった。避難所としての機能や備蓄する品目、それに保管場所等の問題など、当時実際に避難して過ごした経験から問題提起できるのではと思っています。

高い所に逃げなきゃいけない、戻ってきたら絶対ダメ

これだけは忘れないでほしいことなどありますか。

平坦な荒浜の風景 亘理町荒浜地区は、土地の起伏がなく平坦なんですね。平坦だからこそ、逃げるのが難しいということを、ここに来て見てもらうと、よく理解していただけます。「鎮魂の杜」という慰霊碑の前で説明をしていると、『亘理町荒浜は平坦で、津波が来ると逃げるのが難しいよね』と言葉を掛けられます。この土地の特徴を理解していただいた後に、『だから高い所に逃げなきゃいけない、戻ってきたら絶対ダメなんだ』って伝えています。平坦な風景を肌で感じることで、その言葉の重さを感じるはずですし、そういうのを全部伝えていこうと思っています。

取材日:2013/8/7 場所:亘理町公民館

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菊池会長

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岡崎由紀子さん

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菅原ちづ子さん

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梯京子さん

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佐藤信三さん

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