みやぎ復興ツーリズムガイド

二度と悲しみを繰り返さない為に、なんとか風化させないで

街の声・笑顔 ~震災語り部の会ワッタリ 菅原ちづ子さん~

二度と悲しみを繰り返さない為に

震災語り部の会「ワッタリ」で活躍されている菅原ちづ子さん。二度と悲しみを繰り返さないために、自分ができることは何かと考え、“できることは小さいことかもしれない。それでも、少しでも震災を考えるきっかけになれば”と取り組んでいるそうです。風化させないために、私たちができることを教えてくださいました。

風化させない為の役割をちょっとでも担えるかもしれない

語り部ガイドをするようになったきっかけや動機を教えてください。

菅原ちづ子さん 日本は災害列島ですし、今までもさまざまな災害が続いて起きていますが、今回の大震災を10年、50年経っても本当に風化せずに伝えるにはどうしたらいいんだろうと真剣に考えました。
 江戸時代(1611年)に起きた慶長地震で亘理町にも5mを超える津波が来て、岩沼市千貫地区まで舟が流されてきたという記録があるそうですが、時を経て明治以降に開発が続いたことで、すっかり忘れ去られていたんですね。そして、鳥の海周辺も整備され、人が住むようになりました。そして、この度の大津波が起こりました。
 さらには、私たちは10年ほど前に町が企画した講演会で、この慶長地震の事とそれに備える必要があることを東北大学の先生から聞きました。当時はその話を聞いても、『実際にはまだまだ津波は来ないよ』とみんなで言っていたんです。私もたぶん来ないと安易に考えていました。
 このように、時が経ち開発が進むことで忘れ去り、さらには、“まだまだ先”という安心感が多くの悲しみを生みました。これを踏まえて、二度と悲しみを繰り返さない為には、なんとか風化させないで、震災に備えていく必要性を伝えていかなきゃならないと思うんです。私だけでは大したことはできませんが、語り部でガイドすることで、風化させない為の役割をほんのちょっとでも担えるかもしれないと考えました。

真剣な思いが伝わってきたのを思い出します

特に印象的だったことを教えてください。

荒浜中学校跡地 取り壊しになった荒浜中学校の跡地に緊急防災センターを建てる計画があります。その緊急防災センターは1階部分を(柱だけのピロティ方式の鉄筋3階建て)駐車場にして、夜間でも緊急避難できるような外階段も設置し、屋上を緊急避難場所にするような建物です。平坦な地形の亘理町荒浜地区では、すぐに高い所に避難するのにこのような緊急避難センターが役立つだろうと、語り部ガイドで話をしていました。
 このことを聞いた沖縄のある町の区長会の方々が、『実は自分が住んでる町もこの荒浜と同じような平坦な地形で、300年前に津波が来たという記録があるにもかかわらず、備えが何もできてないんです。』と訴えていました。本当に熱心に耳を傾けて聞きながら質問してくれたり、真剣な思いが伝わってきたのを思い出します。
 語り部の説明を通して「自分の住んでいる町に津波が来たらどう対応すべきか、どのような備えが必要か」を感じてもらいました。少しは私達も役に立っているんだなと思いました。

親から子へ子から孫へ、例えば遠野物語のように

風化を防ぐには何が重要だと思いますか。

震災語り部の会ワッタリ定例会風景 この悲惨な経験や悲しみを繰り返してはいけないということ、風化させてはいけないということを、親から子へ、子から孫へと伝えていく。例えば、遠野物語のようにずっと語り伝えていけるようなシステムができるといいなと今は考えています。

取材日:2013/8/7 場所:亘理町公民館

震災語り部の会ワッタリ インタビュー一覧

菊池会長

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岡崎由紀子さん

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菅原ちづ子さん

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梯京子さん

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佐藤信三さん

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